永禄4年(1561)川中島合戦の時、妻女山に陣を置いた上杉謙信は、戦いの勝利を神仏に祈願するため、時折、麓の会津比売神社(神社内には「謙信鞍掛の松」がある)や岩野村にあった聖観音菩薩像(伝行基[ぎょうき]作)に赴いていた、
ある日のこと、帰途についた謙信は、あまりにのどが渇いたので、馬から降り家来の直江山城守に、「槍をかせ!」と命じ「妻女におわすよろずの神よ、我に清き水を与え給え!」と池に伏し一心に祈り、そしておもむろに立ち上がって空高く槍を構え、「えい!やっ!」と地面に槍の石突き(槍の柄の先端で地面に立てる部分)で強く突いたところ、そこから勢いよくきれいな水が湧き出Lたのである。
「妻女山に伝わる民話」から
(文責・青木貞元)
「川中島の戦い」ゆかりの地整備保存会